僕はデスクトップを描いている
僕はShaunです。イラストレーターをしています。
描くことが好きじゃなくなりかけていた。
何年間も、ゲームのコンセプトアーティストをしていました。モンスター、武器、鎧、衣装、小道具、暗い森、戦闘シーン。何でもいい、僕は描きました。毎週新しいクライアント、どのクライアントも同じリズム。描いて、納品して、次。描いて、納品して、次。ポートフォリオは素晴らしく見えました。でも仕事そのものは工場の流れ作業のようでした。やがて僕は何を描いているのか見えなくなっていました。ただの出力です。
ある日、僕は怖いことに気づきました。描くことが好きじゃなくなりかけていた。子どもの頃から好きだったことが、機械的になっていました。そして思ったんです。みんなのスクリーンはもうプレッシャーでいっぱい。僕が描けるなら、ひと息つける何かを描けないだろうか?
フリーランスになりました。イラストの仕事をしながら、側で描きたいものを描きました。その方がずっと良かった。でも問題はずっと心に残っていました。本当に自分のものを作るなら、どんな風になるんだろう?
それで、違うデスクトップを描いた。
2025年の初め、ある夜。MacBookの前で10時間、クライアントのプロジェクトをもう3度も修正していて、まだ完成じゃない。ウィンドウを全部閉じて、デスクトップを見つめました。標準の壁紙。青いフォルダの列。一日中このスクリーンを見つめていて、それは駐車場くらいの温かみでした。
一日中やってたのと同じMacでPhotoshopを開いて、ペンタブを引き寄せて、違うデスクトップを描き始めました。小さな牧場。木のコテージ、ドアのそばにランプ。いっぱいの野菜と果物の庭。下を流れる川にはアヒルが泳いでいて、カエルがスイレンの葉に座っていて、小さなボートが流れていく。そしてそれぞれのフォルダアイコンは景色の中の何かでした。ひまわり。カボチャ。ブドウの房。土から顔を出すクマ。ベンチに立てかかった霧吹き。
その夜は粗いスケッチだけでした。次の2週間、ずっと細部を磨きました。ドックの木目。キャベツの葉に光が当たる感じ。水の中に半分隠れた小さい魚。完成した全部をMacに適用したとき、僕は座ってそれを眺めていました。本物に見えました。壁紙の上にアイコンを乗せたようなじゃなく。スクリーンに生きている、ひとつの世界のように。
デスクトップに小さな牧場を並べていて、笑顔が止まらなかった。
その感覚は、次のテーマをすぐに描きたくなるほどでした。クライミングウォール。ビーチハウス。キャンディガラスの不思議の国。ペンギンの島。子犬の遊び場。宇宙船。テーマ、テーマ、それぞれ2〜3週間かかりました。それぞれが完全な景色。壁紙とアイコンはひとつの絵で、ひとつの世界のように感じるように設計されていました。
そして思いもしなかったことが起きました。人々がそれを並べ替え始めたんです。それぞれのフォルダアイコンは描かれた物だから、デスクトップのどこにでも動かせます。誰かが全ての花を庭に動かして、野菜を畑に動かしました。別の人がアヒルを川に沿って一列に並べました。みんな牧場の、ビーチの、草原の、自分のバージョンを作っていました。それぞれのテーマは世界。みんながそれを自分のものにしていました。
次の1年、新しいテーマを描き続けて、eコマースプラットフォームでデジタルダウンロードとして売っていました。
みんながデスクトップを片付け始めた。
人々がそれを買いました。メッセージが僕を驚かせました。「きれいに見える」だけじゃなく、本当のことでした。ソウルの医学生が、フェルトテーマは「試験期間中のスクリーンで唯一優しいもの」だと言いました。サンパウロのフリーランスのライターが、5年ぶりにデスクトップを変えたら、アパートを模様替えした感じがすると言いました。
ずっと繰り返される反応がありました。僕が絶対に想像していなかった反応です。人々が言ったのは、テーマを適用する前、自分たちのデスクトップは何ヶ月もグチャグチャだったこと。スクリーンショットがいっぱい、ダウンロードしたきりの何か、フォルダを忘れていた。でもテーマが入ったとたん、自然と片付け始めたんです。ファイルを整理して、いらないものを削除して、絵に呼吸させるための空間を作って。
誰かは家を模様替えするみたいだと言いました。それからMacを開くたび、気持ちよかった。綺麗なだけじゃない。あたたかい。
でも、別のメッセージが来ました。みんな同じことを言っているけど、違う言葉で。「好きだけど、セットアップに20分かかった。もう一度やるか分からない。」「更新でアイコンがリセットされた。もう一度やる気力がない。」「もっと簡単にしてくれませんか?」
できませんでした。僕はイラストレーター。Photoshopは知ってるけど、Xcodeは知りません。
「もっと簡単にしてくれませんか?」
イライラすることは計算の問題でした。それぞれのテーマには少なくとも10のフォルダアイコン。中には40以上あります。デジタルダウンロードを買うと、使える方法は1つ。フォルダを右クリック、情報を見る、アイコン画像をドラッグイン、ウィンドウを閉じる。それから次のフォルダ。その次。全部を入れ替えて並べるのに約15分かかります。僕は、15分の面倒くささに包まれた、ひとときの安らぎを売っていた。
Appleのやり方で解決できないか?
その頃、AppleがSNSでアーティストがデスクトップをカスタマイズしている動画を投稿しているのが見えました。イベントも開いていました。彼らはこの創造的な仕事を積極的に応援していました。僕にはそれが大きなシグナルに思えました。Appleが僕たちのやっていることに価値を見てくれるなら、これは本気で考える価値がある何かなんだ。
でも気づいたことがあります。その特集の中でも、実際にカスタムフォルダアイコンを使っている方法は、昔と同じ苦しいプロセスでした。アートは称賛されていた。でも使う体験はまだ壊れていた。
YGに電話しました。YGはパートナー。プロダクト、ビジネス、僕が得意じゃないことを考える人。僕が見たことと、顧客たちからのもっと簡単な方法をという声を全部言いました。話し合って、答えは簡単になりました。Macアプリを作ろう。人々がテーマ全部をワンタップで切り替えられるアプリ。手でセットアップするのはもう終わり。
ワンタップで、デスクトップ全部が変わった。
YGは3ヶ月、最初のバージョンを作りました。Xcode、SwiftUI、macOSでフォルダアイコンの入れ替えをどうやって本当にやるか、全部勉強しながら。僕は彼女が作ってる間、描き続けていました。
それから最初のデモを見せてくれました。僕のテーマ、全部そこにいました。1つをタップして、デスクトップ全部が変わった。壁紙、フォルダアイコン、全部、1秒で。
これが、本当の意味で僕の世界に足を踏み入れる感覚だ。15分の「情報を見る」と貼り付けじゃない。ワンタップで、そこにいる。
その後、2ヶ月、ユーザーのフィードバックを集めて、体験のすべての細部を磨きました。プレビュー、適用、アイコン1つ1つの好みへの調整、テーマを異なるフォルダサイズに合わせる、1つのフォルダか全体をデフォルトに戻す。全部のステップが、テーマが見える以上に楽に感じるまで、磨き続けました。
その間、僕も新しいテーマを描き続けていました。いつもと同じペース、2〜3週間に1つ、丁寧に作っていました。遊び心のある視覚的な細部と、小さなサプライズを加えて。それぞれのテーマが、それを愛する人を見つけることが、僕の願いです。
生産的じゃなくていい。最適化もいらない。ただ、cozy。
名前が必要になったとき、YGが僕に聞きました。「使ったとき、何を感じてほしい?」
長く考える必要がありませんでした。Cozy。生産的じゃなく。最適化もされず。ただあたたかく。自分だけの小さな世界に落ち着いている感覚。あたたかいデスク、いい光、自分のものに囲まれている。それが僕が描くもの。それがすべてのデスクトップに感じさせたいことです。
人生から逃げるんじゃない。今いる場所を、楽しむこと。
まだ描いている。
Cozy v1.1.0はいま、Mac App Storeにあります。macOS 14から最新のmacOS 26まで互換性を持たせました。できるだけたくさんのMacユーザーに体験してほしいから。
そして今も描いています。相変わらず、2〜3週間に1つの新しいテーマを。それぞれはMacBookで始まります。仕事をしているのと同じスクリーン、同じデスク、美術学校から使っているのと同じペンタブ。夜遅く、たいていは長い1日の後で、たいていは机の隅で丸くなって動こうとしない猫がいながら。
それぞれのテーマは、誰かほかの人のMacに着地します。試験期間の学生。スプリントの中のデザイナー。遅くまで働いている誰か。全てのウィンドウを最小化して、ほんの1秒、虚無の代わりに屋上庭園を見る人。
締め切りをなくすことはできない。でも、ウィンドウの隙間を、虚無じゃなく、どこかの場所にすることはできる。